【そこに『自分』はある?】映画『何者』に見る就活のリアル

お金・副業・キャリア

社会人であれば大抵の人が経験してきたであろう『就活』。これを題材にしたのが『何者』です。

原作は朝井リョウさんの小説となっており、2016年に映画化されました。

僕は原作未読の状態で映画を観たのですが、就活を頑張っていた人ほど、本作は『過去の自分』に刺さると思います。

この記事では、『何者』を観た感想についてお話します。

学生と社会人の狭間での苦悩

「就活生」は学生でも社会人でもない、曖昧であやふやで、ある意味異質な存在です。

学生のように無邪気に遊んではいられないけれど、社会人のように仕事に追われているわけでもない。

その目的はただ1つ、「企業から内定を勝ち取ること」のみに全力を注ぎます。

エントリーシート・Webテスト・面接・グループディスカッション・・・

各々が企業から求められるものに全力で挑み、その中で他とは違う自分だけの強みを出さなければなりません。

そのためには自分を誇張し、嘘をつき、時には自尊心が傷ついてもやらなければならないことがたくさんあります。

『何者』では、そんな就活生達の葛藤・妬み・絶望といった影の部分にフォーカスが当てられています。

「痛々しい」と思う自分もまた痛々しい

『何者』では、主人公を含めた5人のキャラクターのやり取りが大部分を占めます。

その中では、OB訪問を頻繁に行ったり手作りで自分の名刺を作ったり、グループディスカッションであからさまな自己アピールを含め発言したり・・・と、客観的に見ると痛々しいと感じる行為をするキャラクターが存在するのですが、そういうのを痛々しいと思う自分もまた、過去には痛々しいことをしていたことを思い出します。

どれだけ他人と違うことをしようとしても、自分だけは別次元にいると思っていても、所詮は大勢の中の1人に過ぎず大差はない。

僕も昔は自分をどこか特別に思っていた時期があって、周囲にいる意識の高い人をバカにしていた恥ずかしい記憶があります。

でも、そういうことを考えていた自分も、周囲から見れば十分痛々しかっただろうなと今なら分かります。

この世の中に特別な人間なんていなくて、そこから抜け出る方法なんてありません。

『何者』を観ていると心がザワザワするのは僕だけではないと思います。

人は誰も自分以外にはなれない

本作がなぜ『何者』というタイトルなのか、その答えは終盤で明らかにされます。

それを知った上で思うのは、どれだけ必死に『自分探し』をしても『自分を高める』ことをしても、自分以上の何かにはなれないし、自分以外にはなれないということです。

他人を見下したり達観視することはとても簡単だけれど、そんなことをしている自分を見直すことはとても苦しいし覚悟が必要です。

でも、そうすることで初めて『何者でもない等身大の自分』を出せて、それこそがみんなが必死で求めている個性になるのではないでしょうか。

就活を通して何より思い知るのは、そんな事実であり絶望であり希望のように思います。

就活で得られるものとは

本作は就活に焦点を当てており、それ以降のキャラクター達の物語は描かれていません。

もしかしたら内定を取れた企業を辞めてしまうかもしれないし、内定を取れずフリーターやニートになるかもしれないし、思い切ってフリーランスや起業をするかもしれません。

いずれにしても、就活は社会人としてのスタート地点に過ぎず、その先にある社会人生活こそ本当の戦いになります。

そうして見ると、果たして就活で得られるものに内定以外の何があるのか、内定が取れなければ就活は全て無駄なのかと考えてしまいます。

でも、きっと就活という経験はそのもの自体がかけがえのないものではないかと、実際に経験した立場としては思います。

自分の思い通りにいくことなんて何1つないけど、強がりでも何でもなく、それを味わうことに意味があるのではないでしょうか。

本作を観て「息苦しくなった」という人がいるようですが、それはもしかしたら自分の中にある『醜くて汚い部分』が、キャラクター達を通して自分に反射されたからかもしれません。

就活をした社会人には、思わず共感したり目を背けたくなるものばかりですが、一見する価値は十分にあります。

気になる方は、ぜひ観てみることをおすすめします。

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